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東京地方裁判所 平成9年(ワ)3024号 判決 1998年3月13日

原告

東京急行電鉄株式会社

右代表者代表取締役

清水仁

右訴訟代理人弁護士

山田忠男

沢田訓秀

被告

高知東急こと

大崎丈二

右訴訟代理人弁護士

永井均

主文

一  被告は、その芸能活動に、「高知東急」その他「東急」の文字を含む名称を使用してはならない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の営業表示

原告は、大正一一年九月二日、商号を目黒蒲田電鉄株式会社として設立され、昭和一七年五月、現商号に商号変更し、以来現商号をもって鉄道業などの営業活動を行っている。

「東急」という表示は、原告の商号の略称に端を発したものであるが、原告及びこれを中核とする東急グループの営業表示として使用されている。

2  周知性

(一) 「東急」の表示は、昭和一七年に原告が商号を現商号に変更して以来、原告及び東急グループを構成する各社の商号又は営業表示の要素として、また東急グループの営業表示として、半世紀以上にわたって使用されてきた。

(二) 原告は、昭和二四年五月一六日、東京証券取引所に株式を上場し、新聞紙上などの株式欄では、原告を表示するものとして「東急」の表示が使用されている。

(三) 原告を中核とする東急グループ各社は、交通のほか、建設、不動産、流通、観光、娯楽、ホテルなどの諸分野において、全国的、多角的に事業活動を展開しており、平成七年度の東急グループ全体の売上高は、三兆九六九六億円であり、同年度の東急グループ全体の従業員数は、一〇万五九〇〇人である。

(四) 原告及び東急グループ各社は、古くから、日刊新聞、テレビなどのマスメディアはもとより、大規模な催物を通じて積極的に宣伝活動を行ってきた。

(五) これらの事実から、「東急」の表示は、原告及び東急グループの営業であることを示す表示として、遅くとも昭和三〇年代前半から現在に至るまで、一般に広く認識されており、全国的に著名である。

3  被告の行為

被告は、東京都千代田区六番町三番地一に本店を置く株式会社フロム・ファーストプロダクションに属し、「高知東急」の芸名を使用して芸能活動を行っている。

4  類似性

被告の芸名「高知東急」の主要部分は、「東急」の部分であり、これは、原告及び東急グループの営業表示である「東急」と同一であるから、被告の芸名「高知東急」は、原告及び東急グループの営業表示である「東急」と同一又は類似である。

5  混同のおそれ

(一) 不正競争防止法二条一項一号の「混同」とは、商品主体又は営業主体が同一であると誤認させること(狭義の混同)のみならず、周知商品表示又は周知営業表示の主体と、類似商品表示又は類似営業表示の使用者との間に、経済的若しくは組織的な何らかの密接なつながりがあるのではないかと誤信させること(広義の混同)をも含む。

(二) 混同を生ぜしめる行為というためには競業関係にあることを要しないものの、東急グループ各社は、株式会社札幌東急ホテル、株式会社札幌東急ゴルフコース、株式会社宮古島東急リゾート、新宿東急、渋谷東急の映画館など、北は札幌から南は宮古島まで、「東急」の名称を含んだ会社名に地名を冠したホテル、ゴルフ場、映画館等を多数経営しており、また、原告及び東急グループ各社は、一体となって全国各地でのコンサート、講演会などの文化活動を行い、東京都渋谷区所在の文化施設Bunkamuraでは、コンサート、演劇、映画等が開催されていることからすれば、原告及び東急グループと被告の間には競業関係があるといえる。

(三) 東急グループに属する企業及び法人が、Bunkamura、映画館などで芸能文化活動を行っているため、被告の芸名は、被告がこれらの芸能文化活動と関係があるのではないかとの印象を一般人に与えるおそれがある。

(四) 被告の芸名「高知東急」は、四国の地名である「高知」と同一である「高知」の部分と、原告及び東急グループの営業表示である「東急」と同一である「東急」の部分からなるので、被告の芸名は、原告又は東急グループに属する企業が高知県内に進出したというような印象を一般人に与えるおそれがある。

(五) したがって、被告が「高知東急」なる芸名を芸能活動において使用することは、一般人をして、被告が原告及び東急グループと何らかの密接な関係があるのではないかとの誤認混同を生じさせるおそれがある。

6  営業上の利益の侵害

被告が芸能活動において「高知東急」の芸名を使用することは、不正競争防止法二条一項一号の不正競争に該当し、これにより、原告及び東急グループは、営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがある。

7  よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法二条一項一号、三条一項に基づき、被告の芸能活動に「高知東急」その他「東急」の文字を含む名称を使用することの差止めを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実のうち、原告が現商号をもって鉄道業を営んでいることは認め、その余は知らない。

2(一)  請求原因2(一)の事実は知らない。

(二)  同2(二)の事実のうち、新聞紙上の株式欄に「東急」の表示があることは認め、その余は知らない。

(三)  同2(三)及び(四)の事実は知らない。

(四)  同2(五)の事実は否認する。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の主張は争う。

原告が原告及び東急グループの営業表示として主張する「東急」の読みが「とうきゅう」であるのに対し、被告の芸名「高知東急」の読みは「たかちのぼる」であるから、両者は同一ではないし、類似もしていない。

5(一)  請求原因5(一)の主張は認める。

(二)  同5(二)の事実は知らない。

(三)  同5(三)の事実のうち、東急グループに属する企業及び法人が、Bunkamura、映画館などで芸能文化活動を行っていることは知らない。その余の事実は否認する。

(四)  同5(四)の事実は否認する。

(五)  同5(五)の主張は争う。

(1) そもそも不正競争防止法二条一項一号の「混同を生じさせる行為」とは、現実に混同を生じた行為のほか、混同のおそれを招来する行為を含むが、右の「混同のおそれ」とは、混同することについての抽象的危険では足りず、具体的危険が必要である。被告の芸名の使用により原告又は東急グループと被告との間に混同を生じる危険性は、抽象的にはあるにせよ、具体的危険にまで高められているとはいい切れない。

原告が主張するように、「東急」の表示が独自性のある著名な表示であり、周知性を超えた著名性を備えているとすれば、逆にその独自性、著名性の故に単なる芸名とは区別が容易で、混同される具体的危険性は減少する。

(2) 原告は、混同を生じせしめる行為というためには両者間に競業関係があることを要しない旨主張するが、企業名、店舗名、商品名相互間の混同の場合は、競業関係になくても、商取引の範疇にあるという意味において同質であるが、芸名は、個人の芸能活動上の名前であり、商取引という範疇とは異質なものである。企業又は企業グループ名と個人名との間の混同の有無を論じる場合に、競業関係にあるかどうかは重要な判断要素の一つであり、現に、原告と被告の間に競業関係はない。

したがって、企業名と芸名の一部に同一の部分があっても、それだけで芸能人個人と企業又は企業グループとの間に何らかの関係があると想起することはなく、芸名と企業名は、関連づけて考えない方が通常の発想である。

(3) 不正競争防止法一一条一項二号は、自己の氏名を不正の目的でなく使用した行為を同法二条一項一号に掲げる不正競争の適用除外として規定するが、同法一一条一項二号に「氏名」があることは、「氏名」について他の商号や商品等表示とは違う要素があり、商品、会社等とは同列に論じなくてもよいということを法自体が認めていることを意味する。

したがって、芸名に関しては、混同のおそれや危険性について、商品や会社相互間の場合よりも、認定をより厳格に又は慎重にすべきである。

(四) 芸名は、芸能活動をするうえでの名称であり、当該タレントのイメージや由来のほか、芸能人という職業の性質から、覚えやすくかつ目立つ必要もあり、芸能の中には、名称の付け方自体がものまね的、パロディ風のものもあり、ものまね的、パロディ風のものでも容認されてきたという慣例又は既得権は尊重されてしかるべきである。

(五) 被告は、平成五年一月に芸能界入りしたが、その際、芸名については、高知県出身であったことから、姓は「高知」(ただし、読みは「たかち」)とし、デビューが二七歳と遅かったことから、「急いで東(東京)へのぼれ」という意味で、名を「東急」ただし読みは「のぼる」)としたものであり、原告又は東急グループを意識して芸名を付けたものではない。そして、これまでの約五年間、原告や東急グループと関係があるようにいわれたことはない

6  請求原因の6の事実は否認する。

第三  証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(原告の営業表示)について

請求原因1の事実のうち、原告が現商号をもって鉄道業を営んでいることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、甲第一号証ないし第四号証、第七号証ないし第九号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因1の事実が認められる。

二  請求原因2(周知性)について

1  請求原因2の事実のうち、新聞紙上の株式欄に「東急」の表示があることは当事間に争いがない。

右争いのない事実に、甲第一号証ないし第四号証、第七号証ないし第九号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)(1)  原告は、本店を東京都渋谷区に置き、目的を鉄道事業、住宅地の経営、土地家屋の売買及び賃貸業、ホテル及び旅館の経営、娯楽機関の経営等とする東京証券取引所第一部上場の会社であり、全国規模で鉄道業、不動産業、ホテル事業などの営業活動を行っている。

(2) 原告は、大正一一年九月二日、商号を目黒蒲田電鉄株式会社として設立され、他の鉄道会社を合併するなどして鉄道業の基盤を固めていき、昭和一四年一〇月に商号を東京横浜電鉄株式会社に変更し、昭和一七年五月に陸上交通事業調整法に基づき、京浜電気鉄道(現在の京浜急行電鉄株式会社)と小田急電鉄株式会社を合併し、商号を現在の東京急行電鉄株式会社に変更した。昭和一九年五月には京王電気軌道(現在の京王帝都電鉄株式会社)も合併し、大東急時代として一時期を画した。

原告は、戦後、経済民主化による過度の経済力集中排除の趣旨により、会社再編成を行い、昭和二三年六月に京王帝都電鉄、京浜急行電鉄、小田急電鉄を分離し、同様の趣旨から原告の一事業部であった百貨店業を東横百貨店(現在の株式会社東急百貨店)として独立させた。

(3) 原告は、昭和二四年五月一六日、東京証券取引所に株式を上場し、新聞紙上などの株式欄では、原告を表示するものとして「東急」の表示が使用されている。

(二)(1)  原告は、田園調布に代表される沿線開発の事業から、流通事業、開発事業、観光サービス業、文化事業などに進出し、各事業部門に会社を設立し、これらの会社により東急グループを築いてきた。

東急グループは、原告を中核とする会社等の集合体であり、交通、建設、不動産、広告、流通、観光、娯楽、ホテルなどの諸分野において、全国的、多角的に事業活動を展開している。

原告及び東急グループ各社は、昭和三〇年代には、北海道や上信越での交通事業、ホテル事業、観光事業などへ進出し、事業拡大を図り、昭和四〇年代には、多摩田園都市の建設と、その足となるべき田園都市線の敷設を本格化させた。昭和五〇年代には、ホテル事業、流通事業を一段と充実させ、海外においても、太平洋地域において、開発事業、ホテル事業、流通事業、観光事業を展開させた。昭和六〇年代には、カルチャーセンター、クレジットカード、ケーブルテレビジョン事業への進出、複合文化施設Bunkamuraの開業、東急総合研究所の設立などソフト部門への進出も行った。

(2) 東急グループを構成する企業及び法人数は、平成八年六月の時点で、合計三九二社一〇法人である。東急グループの売上高は昭和五〇年度が九二〇四億円、昭和五五年度が一兆八三二二億円、昭和六〇年度が二兆五二〇一億円、平成二年度が三兆八四三〇億円、平成七年度が三兆九六九六億円であり、二〇年間に4.3倍になっている。東急グループの従業員数は、昭和六〇年が八万七一〇〇人、平成元年が九万六二〇〇人、平成五年が一〇万八九〇〇人、平成七年が一〇万五九〇〇人である。

(3) 原告及び東急グループの事業の現状は、次のとおりである。

① 交通事業

交通事業を行っている東急グループの企業には、原告のほか、伊豆急行株式会社、株式会社日本エアシステム、日本エアコミューター株式会社、東急車輌製造株式会社、東急バス株式会社等計六九社がある。

鉄道部門において、原告は、平成七年度の輸送人員が国内一位であり、バス部門、航空部門においても、東急グループに属する企業が全国に路線を有している。交通関連機器製造の分野では、東急車輌製造株式会社が鉄道車両等を製造販売している。

② 流通事業

流通事業を行っている東急グループの企業には、株式会社東急百貨店、株式会社東急ストア、東急カード株式会社等計八七社一法人がある。

株式会社東急百貨店は、国内に一二店舗、海外に七店舗を有しており、株式会社東急ストアは、首都圏を中心にスーパーマーケット等八七店舗を展開している。東急カード株式会社は、クレジットカードによる流通サービスを行っており、会員数は現在七五万人に達している。

③ 開発事業

開発事業を行っている東急グループの企業には、東急不動産株式会社、東急建設株式会社、世紀東急工業株式会社等五三社がある。

東急グループは、多くの都市開発を行っており、昭和二八年の開発構想発表以来取り組んできた多摩田園都市のほか、福岡県、静岡県、宮城県、千葉県等においても開発を行っている。

④ リゾート、ホテル事業

リゾート、ホテル事業を行っている東急グループの企業には、東急観光株式会社、株式会社東急ホテルチェーン等計一六四社がある。

東急グループのホテルには、全国の主要都市に一九のホテルを展開している東急ホテルチェーンと、全国に四三のホテルを展開している東急インチェーンの二系統がある。

⑤ 情報、文化事業

情報、文化事業を行っている東急グループの企業には、株式会社東急エージェンシー、株式会社東急ケーブルテレビジョン、株式会社東急文化村等一八社九法人がある。

株式会社東急エージェンシーは、国際的な博覧会やスポーツ、文化イベント、スタジオ経営やテレビ番組の制作などに携わっており、株式会社東急ケーブルテレビジョンは、東京西南部を中心に、加入所帯が一三万世帯を超えるネットワークを構築し、マルチメディア社会にむけて、多チャンネルサービスとコンピューター通信サービスを提供している。

株式会社東急文化村は、東急グループの文化事業の中心をなす文化施設Bunkamuraを運営している。Bunkamuraは、音楽、演劇、美術、映像などの芸術文化を最高の設備のもとに提供し、文化を育成することを目的として設立された施設であり、コンサート、オペラ、バレエのためのホール、音楽劇、コンサート、ダンスを上映するための劇場、美術展を開催するための大部屋、映画館などを備えており、音楽、演劇、美術、映像などの催しやコンクールなどを開催している。

このほか、東急グループは、電車とバスの博物館、五島プラネタリウム、五島記念文化財団、五島美術館、大東急記念文庫などの文化施設を運営している。

(4) 東急グループのうちの八二社一法人は、昭和四七年に発足した東急広報委員会を組織し、東急グループ各社の一体的、広域的なPR活動を行っている。その主な活動としては、毎年札幌で開催している「札幌とうきゅうオープンゴルフトーナメント」、全国三〇都市で開催している「東急レディーステニス」、海外から著名な音楽家を招いて全国五都市で開催する「TOKYU・Thanks・from・the・Heart・Concert」、各界の著名人をパネリストとして迎えて開催する「東急フォーラム」などがある。

(5) 東急グループ各社は、全国各地において地域社会との良好な関係を維持促進するために東急会を組織し、国内では北海道東急会をはじめとする九地域四〇地区において、海外では米国・カナダ・アジアの二地域九地区において、スポーツ大会、文化講演会、音楽会などの文化活動や社会に貢献するための活動を行っている。

(6) 原告及び東急グループ各社は、古くから、日刊新聞、テレビなどのマスメディアはもとより、大規模な催物を通じて積極的に宣伝活動を行ってきた。

2  右1認定の事実によれば、原告及び東急グループは、社会のさまざまな分野において長年にわたって広範な営業活動、積極的な宣伝活動などを行ってきたものであり、「東急」の表示は、原告及び東急グループの営業であることを示す表示として、平成五年一月にはすでに全国的に広く認識されており、著名となっていたものと認められ、現在も「東急」の表示は、原告及び東急グループの営業表示として広く認識されているものと認められる。

三  請求原因3(被告の行為)について

請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実と、甲第五号証、乙第一号証ないし第五号証によれば、被告は、平成五年一月ころから芸能活動を行い、「高知東急」の芸名で年間二本ないし七本のテレビ番組若しくは映画に出演するほか、宣伝パンフレットに掲載されていたことがあり、また、平成八年九月には、写真週刊誌に「浮気の遍歴全告白」として前妻との離婚に至る記事が掲載されたことが認められる。

四  請求原因4(類似性)について

1  被告の「高知東急」なる芸名は、芸能活動において被告を表す人名として用いられているから、姓と名からなり、上二文字の「高知」の部分が姓にあたり、下二文字の「東急」の部分が名にあたるものとして認識されるものであるところ、「高知」は、通常四国の地名を表すものとして認識され、「東急」は、前記認定のとおり原告及び東急グループの営業表示として広く認識されており、「高知」と「東急」が一体不可分のものとして認識されるべき理由は見出し難いことから、被告の右芸名は、「高知」と「東急」の二つの部分のいずれもが要部にあたると解される。

被告の芸名のうち「東急」の部分は、その要部の一つであり、これは、原告及び東急グループの営業表示である「東急」と同一であるから、被告の「高知東急」の芸名は、原告及び東急グループの営業表示である「東急」と類似であるものといわざるを得ない。

2  被告は、原告及び東急グループの営業表示である「東急」の読みが「とうきゅう」であるのに対し、被告の芸名「高知東急」の読みは「たかちのぼる」であるから、両者は類似していない旨主張する。

しかしながら、「東急」という文字からは、通常「とうきゅう」の称呼が生じ、それ以外の称呼を想起することができず、人名といえども、本来漢字のいかなる音訓の組み合わせによっても「のぼる」又はそれに類似する音によって読むことはできず、単に被告が独自の読みをあてているにすぎないものであり、また常にふりがなをつけて表記されるわけでないことからすれば、これをもって非類似ということはできない。

五 請求原因5(混同のおそれ)について

1 不正競争防止法二条一項一号にいう「混同」とは、商品主体又は営業主体が同一であると誤認させること(狭義の混同)のみならず、周知商品表示又は周知営業表示の主体と、類似商品表示又は類似営業表示の使用者との間に、経済的若しくは組織的な何らかの密接なつながりがあるのではないかと誤信させること(広義の混同)をも含むものと解すべきである。そして、右にいう経済的若しくは組織的なつながりとは、周知表示の主体と類似表示の使用者がいずれも企業である場合は、典型的には系列関係や提携関係を指す場合が多いであろうが、それのみに限らず、周知表示の主体が企業若しくは企業グループであり、類似表示の使用者が個人である場合に、類似表示の使用者が周知表示の主体に所属している、又は類似表示の使用者の活動が周知表示の主体によって支持され若しくは類似表示の使用を許諾されているという関係や、類似表示の使用者が周知表示の主体の資金的援助を受けているといった関係をも含むと解すべきである。けだし、不正競争防止法二条一項一号は、周知表示の主体が長期間にわたり多額の費用を投じ、不断の努力によって築き上げた周知表示の信用、名声を何らの対価を払うことなく自己のために利用し、周知表示の希釈化をもたらすような行為を防止する趣旨も含むものと解されるところ、周知表示に対するこのような侵害は、企業のみならず、個人が、企業若しくは企業グループの周知表示を使用し、前記のような関係が存在するという一般人の誤解を招く場合にも生じ得るものであり、不正競争防止法は、周知表示の保護という観点から、このような個人の行為をも防止しようとしていると解されるからである。

2 そこで、右のような観点から、本件につき混同のおそれの有無について検討する。

(一)(1) 前記一認定のとおり、「東急」の表示は、原告の商号である「東京急行電鉄株式会社」のうちの「東」の文字と「急」の文字を組合わせた略称として作られた名称であり、普通名詞としては格別の意味をもたないものであり、前記二2認定のとおり、「東急」の表示は、原告及び東急グループの営業表示として周知、著名となっている。したがって、「東急」という表示が、原告及び東急グループを連想させることは明らかである。

また、前記二1(二)(3)⑤、(4)、(5)認定のとおり、東急グループは、文化施設Bunkamuraにおける音楽、演劇、美術、映像などの催しや、広報活動としてのコンサートなど、芸能に関連する催しを広く行っている。

(2)  他方、前記三認定のとおり、被告は、「高知東急」の芸名で年に数本のテレビ番組と映画に出演するほか、雑誌や宣伝パンフレットに掲載されるなどの芸能活動を行っているところ、前記四1認定のとおり、原告及び東急グループの営業表示である「東急」と被告の芸名である「高知東急」は類似である。

(二) 右認定の原告の営業表示の周知著名の程度、被告の芸名の使用状況、類似性の程度、原告の事業内容との関連性等の事実に鑑みれば、被告が「高知東急」の芸名を使用して芸能活動を行うことは、原告又は東急グループと被告との間に、被告が原告又は東急グループに所属している、ないし被告の芸能活動が原告又は東急グループによって支持され若しくは被告の芸名の使用が原告又は東急グループによって許諾されているといった組織的な関係や、被告が原告又は東急グループの資金的援助を受けているといった経済的な関係など、何らかの密接な関係があるとの誤信を生じさせる蓋然性が高いというべきであり、したがって、混同のおそれがあるものと認められる。

3  被告の主張(請求原因に対する認否及び反論5(五))について

(一)  被告は、被告の芸名の使用により原告又は東急グループと被告との間に混同を生じる危険性については、抽象的にあるにせよ、具体的危険性はない旨主張する。

不正競争防止法二条一項一号の「混同を生じさせる行為」とは、現実に混同の結果を生じた行為のほか、混同のおそれを招来する行為を含むものであり、右の混同のおそれとは、単に混同の可能性があるというのでは足りず、混同する蓋然性が高いことを要するものと解すべきところ、前記2認定のとおり、原告又は東急グループと被告との間に経済的又は組織的な何らかの密接なつながりがあるのではないかと一般人が誤認する蓋然性が高いものであるから、具体的に混同が生じたか否かを問わず、混同のおそれがあるものというべきである。また、「東急」の表示が独自性のある著名な表示であり、周知性を超えた著名性を備えているからこそ、当該表示と表示主体の結びつきは密接であり、当該表示によって表示主体がきわめて容易に連想されるから、表示主体と無関係の者が、たとえ芸名であるにせよ、当該表示又はそれと類似の表示を使用すると、それに接した者は直ちに表示主体を連想し、表示主体との混同を生じる蓋然性がむしろ高くなるともいうことができるのであって、この点からも、被告の右主張は採用することができない。

(二)  被告は、原告と被告との間に競業関係はなく、芸名は個人の芸能活動上の名称であり、芸能活動は商取引という範疇とは異質なものであるから、企業名と芸名の一部に同一の部分があっても、それだけで芸能人個人と企業又は企業グループとの間に何らかの関係があると想起することはない旨主張する。

しかしながら、まず、不正競争防止法二条一項一号が周知表示の顧客吸引力の希釈化を防止し、周知表示の主体の名声や努力に対するただ乗りを防止する趣旨であることからすれば、混同を生ぜしめる行為というためには両者間に競争関係があることを要しない。なお、東急グループは、前記二1(二)(3)⑤、(4)、(5)認定のとおり、文化施設Bunkamuraにおける音楽、演劇、美術、映像などの催しや、広報活動としてのコンサートなど、芸能に関連する催しを広く行っているから、原告又は東急グループと被告との間に競業関係が全く存在しないということはできない。

また、芸能活動は、俳優等の精神的活動としての側面を有し、芸名は、そのような精神的活動の主体を表示する機能を有する点で企業名等と異なることは否定することができないけれども、芸能活動もまた、経済的対価を得ることを目的とする経済活動の一環として行われる継続的活動の側面を有し、芸名は、そのような経済活動の主体を表示し、他から識別するという機能をも有しており、これによって経済的利益ないし価値を有するに至る場合もあるから、この点では企業名等と共通の側面を有する。そのため、芸名が、精神的活動の主体を表示する機能を有していたとしても、経済活動の主体を表示する機能も有する以上、周知著名の営業表示の主体との混同を一切生じないということはできない。したがって、企業若しくは企業グループと個人との間にも混同は生じ得るのであって、被告の前記主張は、採用できない。

(三)  なお、被告は、不正競争防止法一一条一項二号に「氏名」があることを挙げて、芸名に関しては、混同のおそれや危険性について、商品や会社相互の場合よりも認定を厳格に又は慎重にすべきである旨主張する。

しかし、不正競争防止法一一条一項二号は、その所定の要件をみたしたときに不正競争の適用除外とすることを規定するに過ぎず、右法条が存在することから直ちに、同法二条一項一号の要件としての混同に関して、周知の営業表示と同一又は類似の表示を芸名に用いる場合は混同が生じないとか、芸名と商品名、会社名を同列に論じなくてもよいという結論が導かれるということはできない。したがって、被告の右主張は、採用できない。

(四)  被告は、芸能界においてタレントの芸名は、ものまね的、パロディ風のものでも容認されてきたという慣例又は既得権は尊重されてしかるべきである旨主張する。

しかしながら、前記1認定のとおり、不正競争防止法二条一項一号は、周知表示の主体が長期間にわたり多額の費用を投じて不断の努力によって築き上げた周知表示の信用、名声を何らの対価を払うことなく自己のために利用し、周知表示の希釈化をもたらすような行為を防止する趣旨も含むものである。芸名を付けるにあたって、芸能人という職業の性質から、覚えやすくかつ目立つということが考慮されるであろうことは、被告が主張するとおりであろうが、芸名は、自然人の氏名と異なり、生まれながらに有しているものではないし、その名称は自ら選択して決定することが可能であり、既存の周知の営業表示等を無断で芸名又はその一部に用いて、芸名の周知性を高めようとすることは、周知表示の主体が長期間にわたり多額の費用を投じて不断の努力によって築き上げた周知表示の信用や名声を何らの対価を払うことなく自己のために利用し、周知表示の希釈化をもたらすような行為と評価すべきであり、前記法条の趣旨に反する行為である。芸名であるがゆえにそのような違法行為が許容されるとする根拠はないし、それを許容する慣例又は既得権の存在を裏付けるに足りる証拠もない。したがって、被告の前記主張は、採用できない。

(五)  被告は、原告又は東急グループを意識して芸名を付けたものではない旨主張するが、不正競争防止法二条一項一号は、不正競争の目的や故意過失などの主観的要件を必要としていないから、被告の右主張は、不正競争行為の成立を妨げる理由とはならない。

六  請求原因6(営業上の利益の侵害)について

以上によれば、被告が芸能活動において「高知東急」の芸名を使用することは、不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為に該当する。

被告による右不正競争行為により、原告及び東急グループは、営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがあると認められる。

したがって、原告は、被告に対し、不正競争防止法二条一項一号、三条一項に基づき、被告の芸能活動に「高知東急」その他「東急」の文字を含む名称を使用することの差止めを求めることができる。

七  結論

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙部眞規子 裁判官榎戸道也 裁判官中平健)

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